フガドコ

広島見るもの歩くとこ

2013年10月

久しぶりのマツダスタジアムネタです。

完成してからもシーズンオフに増改築を繰り返しているマツダスタジアムですが今オフもエレベーターの増設工事を行っています。

場所は内野3塁側に球場外側です。
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スロープに上がる階段のすぐ脇、スイートエントランスの横になります。この工事のために年表が記された記念碑が撤去されています。おそらく工事が終わると元の位置にも出されるのではないかと思います。
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照明塔の脚の間を潜る形になるのではないでしょうか。

以前工事されていた設計の入札用図面をみると2階の踊り場が将来対応となっています。16bd5568.png

この場所はエアコン室外機が置かれています。エレベーターへの接続通路があると室外機の取り外しに邪魔なので今回は通路を設けずエアコン更新後に改めて考えるということではではないでしょうか。

江田島中央の術科学校正門近くにあるShelterというバーは週末に限りランチ営業をしています。駐車場も目立つ看板も無い2階の店舗なのですがこの辺にはないパスタが食べられる店ということで常連のサイクリストもいる店です。

正面の建物の2階なのですが看板も小さなものしかなくメニューを書いた黒板が表にあれば営業しているという知らなければ通り過ごしてしまうお店です。
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店内はカウンターにテーブルが1つ。7人も入れば満席です。店の奥にはギターとドラムのセットが置いてあります。

メニューはパスタにピザメインでライスと単品メニューがが少々。
この日はエビとナスのトマトクリーム生パスタをお願いしました。
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調理するのは女性一人のため少々時間がかかりますが別に急いでる時に利用する店でもないのでカウンタに置かれたテレビでも見ながらのんびり待ちます。

まずサラダとガーリックトーストが出てきます。
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適当につまみながら更に10分ほど待つとパスタがでてきました。

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ちょっとだけ辛目の味付けのソースと平たい生パスタの相性はよく、あっという間に食べ終えてしましました。

歩いていても素通りしてしまいそうな目立たないお店ですが開いていればお勧めします。

広島県江田島市江田島町中央2丁目3-5


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駐車場なし
営業日 ランチは週末のみ11:30~14:00

本通りに残る唯一の被爆建物である旧帝国銀行広島支店の解体が検討されているとのニュースが報じられました。旧帝国銀行は原爆により外壁を残し大破しましたが戦後は三井銀行広島支店として修復・再生され1967年にアンデルセンが購入後は本店として使用されてきました。

アンデルセンの取り壊し検討
広島市中区の本通り商店街に残る被爆建物、広島アンデルセン旧館の取り壊しを、アンデルセングループ(中区)が検討していることが分かった。耐震工事に多額の費用が掛かることが判明。歴史的建物の維持が困難となっている。存続策も探りながら、来年度中に結論を出す。
 同社によると、商業施設になっている旧館の大幅改装を当初は計画。だが、耐震基準に合う改築は構造上やコスト面から難しいことが分かり、建て替えの検討に入った。
 創業70周年となる2018年に旧館を新しい形にする考え。取り壊しのほか、存続させて耐震性を高められるかどうか、来年2月にプロジェクトチームをつくり精査する。被爆建物への助成制度がある広島市とも協議する。
 旧帝国銀行広島支店だった旧館は、爆心地から360メートルで被爆。グループ創業者の故高木俊介氏が1967年に購入し、レストラン併設のパン販売店に再生させた。増改築を重ね、02年には1億5千万円をかけて大規模な耐震補強工事をした。さらなる耐震工事の費用は、これを上回る可能性がある。
 本通り商店街では02年に旧山口銀行本通支店が解体され、広島アンデルセン旧館が唯一の被爆建物となった。
 高木誠一会長は「予算が限られる中、被爆建物をどうするかは最大の課題。地域のお客さまの要望にできる限り沿う努力をする」と話している。  2013/10/06 中国新聞


帝国銀行は原爆の爆風で天井が崩落、外壁を残し内部は廃墟となっていました。昭和20年代前半には「ヒロシマ」の象徴として原爆ドームを残すかそれとも帝国銀行を残すかという議論があったほど破壊が徹底的でした。結果として原爆ドームが「ヒロシマ」のシンボルとなり帝国銀行は1950年に大破した床と天井、2階床を撤去して新たに柱を増設した上でコンクリートを打ち直しています。この改修の結果、再び銀行として広島の再生と歩みを同じくしてきました。
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1967年に銀行からパン販売店への改修では1階の外壁と玄関んを撤去しガラス張りにしています。
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単に古い建物の一部を残すというのであれば新しいビルを建て外観に旧材を張り付けた復元でもいいと思います。しかしこの建物の場合は崩壊寸前の建物を再び銀行として再生し戦後復興の一翼を担ってきたという歴史が大事なのでそう簡単な話ではありません。なので広島再生の証として出来れば現在のまま補強をして使って欲しいのですが民間所有のため補助を出しても尚無理というのなら解体もやむ得ないと思います。創業者の思い入れもありますし結論を出すには難しい話だと思いますがもしも解体するならば、モニュメントとしてを残すのではなく、古材を使い往時の銀行建築としての外観復元をするのがよいのではないでしょうか。その際は今の1階のガラス張りは廃してかっての銀行建築風に戻すのがいいんじゃないでしょうか。現在の2階正面部分は元々あった飾り柱を廃して摸した装飾を設置していますのでこれと同様のものを1階にも置けばいいと思います。

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先日大阪に行った際に古い建物を幾つか見て思ったのですが1967年当時ではガラス張りが斬新だったのでしょうがガラス張りの建物が溢れている今なら銀行風の方が街に落ち着きを与えるのではないでしょうか。

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