かき船「かなわ」の移転工事に対して反対の声が上がっています。

現在は平和大橋の下流に係留されている「かなわ」ともう一隻のかき船「ひろしま」は1991年の台風19号の際に流されて平和大橋にぶつかるなどしたために河川を管理する国土交通省中国地方整備局は営業に必要な河川占有許可の更新を拒否した上で移転を指導してきました。広島市はかき船を「広島の食文化で、観光客をひきつける魅力的資源」として2店が営業を続けられるよう国や店などと協議を重ね、その結果国より河川内でありながら水流の影響を受けない死水域2カ所の提示を受けました。そのうち「かなわ」は現在地から約450メートル北の元安橋のたもとに移転を計画、この場所で営業するための占用許可を昨年12月に国より受け現在工事を進めています。。一方「ひろしま」は本川のアステールプラザ西側への移転を検討中です。

aef9b06d.jpg

平和大橋下流に係留されている「かなわ」(左)と「ひろしま」(右)
50b9d147.jpg

「ひろしま」の移転予定地
a1a5dabb.jpg

e7171937.jpg

建築工事の進んでいる「かなわ」は今のような長い橋を渡る形ではなく河岸に近い場所で桟橋などと同じような形で川底から建つ杭に固定されるために船ではなく川面に張り出した水上レストランと行った方がふさわしい形状です。 

移転先である元安橋から平和大橋の間に8つの慰霊碑があり、ドームの景観を守るバッファーゾーンでもあります。「祈りの場であるドームの世界遺産としての価値が損なわれる」として被爆者や一部の市民らは今年1月に「かき船問題を考える会」を結成し、公開討論会などを開いてきました。県被団協の坪井理事長は市の姿勢を「経済優先で、ヒロシマの心を理解していない」と批判しています。市に移転の撤回を求める署名は約3万7000筆以上にのぼり、さらに世界遺産候補地を調査する「国際記念物遺跡会議」(イコモス)の国内委員会は市に対して「平和を願う場としての精神性を低める可能性がある」と懸念を表明しました。

私は「かなわ」の移転に対しては基本的には賛成です。かき船はかっては大阪まで販路を伸ばしていた戦前からのひろしまの食文化を伝えるものでありますしそれに加えて平和公園一帯の旧中島町は広島市内最大の繁華街でした。あの界隈の歴者は8月6日に始まったものではありません。またあの場所は多くの人が亡くなれた慰霊の場所だから静かにしないといけないという意見がありますがそれは市内中心部ではどこでもそうです。今私たちの歩いてる足元だってそうです。慰霊だというのならば、では平和公園でのどんちゃん騒ぎの花見はいいのか?元安橋たもとのオープンカフェはいいのか?そういう話になります。また私には祈りの静と賑やかな動の混在こそが原爆という悲劇が都市の中心部を襲ったことの証明になるのではないかという思いもあります。 

73b63983.jpg


しかしこの「かなわ」の件は無条件で賛成できない面もあります。それは「かなわ」は工事前に現場前のマンションの管理組合に一言も説明をしなかったどころか国からの問い合わせに説明は尽くしたと虚偽の報告をしていたことです。また地域への説明も町内会長にしかしていなかったことが判明しています。

これが民間業者である「かなわ」だけの問題であるかといえばそうではないと思います。以前より広島市は同様に地域住民を集めてしなければならない地元説明を町内会長1人呼んで済ましていて度々問題になっていましたので恐らくは行政からの入れ知恵だと思います。地域へ理解を求めることを避け続ける広島市と「かなわ」の不誠実な姿勢が事態を悪化させたのではないでしょうか。