フガドコ

広島見るもの歩くとこ

2017年10月

10月に入り広電本社前電停の改修工事が行われています。

ホームに掲示されている張り紙によればホームの延長と拡幅及びホーム上に待合室の設置となっていて来年3月末の工事期間となっています。
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電停工事自体は「広島市総合交通戦略(交通ビジョン推進プログラム)」で28年度調査29年度着工となっていましたが詳細は発表されていませんでした。広電本社前電停は越智前社長時代の2012年にマダムジョイ前にレストラン電車「トランーヴェール・エクスプレス」設置時にヨーロッパ風デザインに改装されていましたが5年で再度姿を変えることになります。
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ホーム延長はホームの長さを現在の倍近くにし宇品線で運用されている連結車両を2編成同時に停車できるようにします。ホーム拡幅は電停横を通る片側3車線の県道を2車線に減らして空いたスペースを使いホーム幅を現行の約1.3mから3mへ拡幅します。待合室はホーム上に透明な仕切りに囲まれた数人が座れるスペースを確保し車椅子スペースや空調も整備します。

この工事に伴い電停近くのバス停が日赤病院側に横断歩道御幸橋側に移設されます。

10月27日付の中国新聞によれば将来的には線路上にバスを乗り入れホームから乗り降り出来るようにしてバスと路面電車との乗り換えをスムーズにする市内循環交通の結節点とすることを検討しているとのことです。

広電、そして広島市は紙屋町-広島駅間のバス・電車の料金統一や市内循環バスの創設など市内交通の再編成をしていてこの電停工事はその一環となります。
 

原作を知った時から是非見たかった映画でした。

舞台は1943年、ドイツ占領下のフランスでは子どもだけでもナチスの目から隠そうと支援組織に預けるユダヤ人の親がが少なからずいました。主人公ファニー達3姉妹も山の中の児童施設に匿われていましたが密告により追われイタリア北部へ避難します。そこでもムッソリーニの逮捕により同盟関係から直接支配に切り替えたドイツ軍から逃れるために施設責任者のマダム・フォーマンと共に林間学校へ行くと身分と目的を偽りスイスへの逃亡を図ります。その過程でマダムや引率者の青年を失い13歳のファニーが「頑固だからやり遂げられる」とマダムに説得されて9人の子どものリーダーとなります。

道中で密告や匿い、対立と和解などを経て一行はスイスへと逃れます。警官達に監禁された部屋でなぜ逃げなければならないかを知らない末の妹が年上の少年に「悪いことならユダヤ人をやめたら」と問いかけた場面があります。そんなことできるわけではない、理不尽な理由で過酷な逃避行をしなければならなかったファニー達の厳しい立場を象徴する場面であったと思います。

空腹なままでの市民の目から逃れながらの逃避行とひとつ選択を間違えれば命を失うという緊張のの連続に子ども達が耐えられたのは生き抜こうという意思と理不尽さと大人達への怒りをファニーがで持ち続けたからなのでしょう。

 大戦中に協力組織が数千人のユダヤ人の子どもを国外へ逃したそうです。マダム・フォーマンは実在の複数の協力者を一人にした人物でしたがファーニー達3姉妹は実在の人物でした。実在のファーニーは現在はイスラエルのテルアビブ在住1946年にフランスへ帰った3姉妹は両親とは再開することはなかったそうです。
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